更新日:2011/04/02

英語教育総合学会の理念と活動

日本の英語教育は、近年オーラル・コミュニケーションや実践英語に傾倒する傾向が顕著だが、これは必ずしも望ましいことではない。確かに従来の文法・訳読を主体とする英語教育が「読み・書く」という面では効果があったが、「聞き・話す」といった面で生徒や親、社会・企業の要望に応える成果を上げてきたとは言えない。しかし、これは教員養成の段階から中学・高校での授業に至るまで、音声教育がこれまでまともに行われてこなかったことの必然的な結果であり、従来の英語教育を全て否定する根拠にはならない。

英語とは極めて異質な日本語を母語とする学習者が対象となる日本の英語教育においては、文法・訳読という教育を通して英語力の中核となる基盤能力を養成することが不可欠である。その基盤能力を音声につなぐことでオーラル・コミュニケーションの能力が伸びるのである。本来、言語獲得期のメリットを生かす目的で、世界中の小学校が英語教育を導入しているが、成果を上げる国々と較べ、日本は、教師の能力や時間、教材、内容、生徒数、全てにおいて不適切・不十分な現状だ。このままでは(小学校低学年までの)早期英語教育で日本語との言語差の壁を越えるという効果も期待できない。英語教育のあり方について、企業に代表される社会や学習者に理論的には何の根拠のない誤った思い込みや認識があるとすれば、正しい英語教育の啓蒙を図り是正していかなくてはならない。これはカリキュラムの策定や効果的な授業の運営においても重要なことである。英語と同質な欧米諸言語における研究や授業方法・理論に追従するような対応にも批判的な目が必要だ。

英語運用の基礎・根幹となる能力を養い、実践力を育てていくにはどうするべきか、ということについては、極めて多くの関連領域[言語教育・計画、言語学(対照・理論・認知・心理・社会・コーパスほか、談話・会話分析など)、脳機能イメージング、文学・文化論、翻訳・通訳論&技術、機械翻訳ほか]の最新の知見をも総動員することが可能な状況になっている。既存の英語教育関係の学会には数多くの研究会があるが、いずれも英語教育を比較的専門化された領域に絞って考えてきた嫌いがある。専門領域内での研究に留まらず、その成果を有機的につなぎ、さらに関連領域の知見を踏まえて、英語教育を総合科学的な視点から捉え直すことが現代的な課題となっている。

そうした学際的で総合的な研究領域として英語教育を捉え、言語計画、授業デザイン、授業素材・内容、教育理論・方法、言語習得理論、学習動機・戦略、運用技能養成、文法・語法・音韻研究などの成果を踏まえ、英語教育全般に亘って、研究・提言する目的で「英語教育総合研究会」の活動を続け、(ほぼ年2回のペースで)これまで12回のシンポジウムを開催するなど実績を上げてきたが、そうした活動をさらに充実・発展させるべく、23年3月これを改組し「英語教育総合学会」を設立した。英語教育を巡る行政や学校、社会の動きに速やかに応じる形で、旬な問題をテーマとして取り上げ、そのテーマに関わるいろいろな分野の第一線の研究者を講師陣に迎え、シンポジウムを開催し、学問的な裏付けのある講演を踏まえて、参加者の認識を深めるとともに、その方々の質疑も交えたテーマ討議を行い、その成果を踏まえた出版を行う。これにより、英語教育を巡る諸問題、望ましい英語教育の在り方に関する知見・認識を小、中、高校ならびに大学の教師、教育委員会、学習者、一般社会にも提示し、日本の英語教育が歪んだ方向に進むのを阻み、日本人に相応しい英語教育が実現するように、社会に働きかける役割を果たしたい。

なお、今日のネットの時代にはメール連絡やHPによって活動を通知できるし雑誌への掲載も利用できるので、学会の活動通知に郵送費などの連絡費は必ずしも必要ない。大学の研究者だけでなく院生や中学、高校の教員も複数の学界や研究会に所属することも少なくない実情を鑑み、会員の経済的負担が最小限に抑えられるように、シンポジウムなどの会合に参加した時にだけ参加費をいただき、年会費などの形の学会費は当面いただかないことにしたい。

英語教育総合学会会長 成田一