公開シンポジウム
「小学英語教育はいかにあるべきか」
日時 2007 年 7 月 1 日(日) 13:00-17:00
場所 大阪大学中之島センター
佐治敬三メモリアルホール
プログラム
13:00-13:40 基調講演「小学英語教育の軌跡と展望」
高梨庸雄(京都ノートルダム女子大学教授、小学校英語教育学会顧問)
13:40-14:30 招待講演「今後の英語教育と国際理解教育」
手塚義雅(文部科学省初等中等教育局国際教育課長)
14:40-17:00 シンポジウム「小学英語教育はいかにあるべきか」
コーディネータ・講演:「小学英語教育を巡る論議の誤謬と責任」
成田一(大阪大学大学院教授、英語教育総合研究会代表)
講演:「世界における小学英語教育の潮流」
大谷泰照
(名古屋外国語大学教授、大阪大学名誉教授、大学英語教育学会顧問)
講演:「バイリンガルの習得から見た小学英語教育」
山本雅代(関西学院大学大学院教授、異文化間教育学会理事)
講演:「小学英語教育実践状況の報告と問題点」
田縁眞弓(立命館小学校英語科アドバイザー)
コメンテータ:高梨庸雄、手塚義雅
主催:英語教育総合研究会、共催:大阪大学大学院言語文化研究科
後援:読売新聞社、大阪府教育委員会、兵庫県教育委員会
参加可能人数:180人 (ご参加の方は直接会場にお越しください。)
参加費:700円
対象:教員ほか一般市民
問い合わせ:
大阪大学大学院 成田研究室 email: narita@lang.osaka-u.ac.jp
講演要旨
手塚講師:講演では、「日本における英語教育の意義」について、以下の3点についてお話したい。①現在の日本が置かれた国際社会の中での位置づけから、国 際社会の新たな秩序、ルール作りに参加できるような人材育成が必要であること、②英語が国際共通語としての地位をますます高めていることから外国語教育の 中では英語教育が最も必要であること、③国際社会の中で積極的な役割を果たすためには、英語力に加えて、その伝える中身や表現力が重要であること、そのた めには論理的で分析的な日本語の学習が必要なこと。さらに、④わが国における外国人児童生徒教育についても言及したい。
高梨講師:講演では、小学校英語教育の歩みを振り返り、今後に明るい展望を持てるようにするために以下の提案をしたい。①研究開発学校の研究テーマについ て:「コミュニケーション」、「異文化(国際)理解」、「生き生きと」の3つのキーワード以外にも検討すべき問題はいろいろある。②シラバス・デザイン上 の問題点について:日本におけるシラバス編成の流れと小学校教員に対するアンケート調査を基に検討する。③カリキュラム上の制約について:制約を“理想 化”しない。本来行うべきことを直視し、それを実現するにはどうするかを考えるべきである。④英語教育の総合的改善について:教育は常にAction Researchの過程である。どの教科でも、教えながらその結果を確認し改善策を図っている。小学校英語のカリキュラム、指導法、教員養成などを並行的 に検討して、1日も早くしっかりした教員を養成し、指導体制を確立することが国にとっても児童にとっても望ましい。
成田講師:講演では次の点を中心に論じたい。①ほとんどの小学校で英語活動が行われている現状で、反対を唱えるだけでは、本格的に取り組む私立校と公立校 の間に教育格差を生むのを助長する。これを避ける意味でも、どのように体制を改善するべきかを関係者に認識してもらう。②敏感期があるのみだとする反対論 者の主張は、欧州諸語を母語とする学習者の事例を根拠にしているが、日英語のように言語差が大きい場合には、言語獲得の臨界期を外すと文法を意識せずには 話せないし完璧に聴き取れるようにもならない。「文法・音韻の獲得と運用の自動化」こそが臨界期内の英語導入の最大のメリットなのである。
大谷講師:外国語教育の目的が問題になる度に、きまって言われるのが「国際理解の促進や「国際感覚」の涵養である。しかし、肝心のわが国の外国語教育のあ りよう自体が、はたしてどれほど「国際的」であるのか。外国語の教育開始年齢、カリキュラム、教科書、教員養成、クラスサイズ、学習時間など、そのどれを とっても「国際的」というよりも、むしろ「国際的」な動向に大きく逆行しているとさえ言える。世界の潮流には流されず、ひとりわが道を行くのもよい。しか し、そのためにも、広く「国際的」な視点から、わが国の今日の外国語教育の実態は、しっかりと押さえておく必要はある。
山本講師:世界の人口の半数以上は複数の言語を話すと言われるが、その習得の仕方は様々である。自然な環境下で複数の言語を習得する者も、教場で2つ目、 3つ目の言語を身につける者もいる。両者の間には異同も多いが、言語能力を身につけるという点で同じ課題に取り組んでおり、共通点もあろう。本講演では、 生後直ぐより2つの言語を習得する同時バイリンガルの言語習得から、学習の場で外国語を学ぶ子ども達の言語学習に何か示唆が得られないか考える。
田縁講師:小学校英語教育の現場指導者の立場から,早期英語教育の実践例を「literacyに繋げる音と文字の指導」を中心に紹介する。具体的には、① 文字導入前に多量のinputを確保するための活動、②小学生の認知レベルで意味のある発話を促す活動、③音と文字の関係への気づき、④文字指導から子供 の自立した読みが始まった様子などを紹介する。
シンポジウム開催の背景と理念
小学校における英語教育の導入が始まったが、現場では教育内容について混乱が見られる。特に、授業を担当する教員のほとんどが自信を持って英語を教えられ るだけの英語力や専門知識を持っていないという実態があるために、英語を教えるというよりは国際理解に重点をおく教育が少なくない。英語そのものを教える ことが回避されているのだ。これを国際理解型と呼ぶと、英語を教えることを主体に実践しているのが英語学習型ということになる。(文科省では(中学校の学 習指導要領においても)「国際理解」と「コミュニケーション能力の育成」を掲げているが、)全国的には国際理解型が多く、英語力の育成に正面から取り組む 教育は極めて限られる。
特に、英語学習型は公立校では極めて少数派だ。ほとんどの学校で英語学習として安易に実施されているのは、英語の歌を歌ったりゲームをするという遊び的な ものだが、それも月に一回とか年に数回に留まるところも多い。こうした現状は本当の英語力育成を期待する親の願望とは大きな落差があると同時に、教員が英 語力育成を重視しない理由ともつながる。教員は自らの英語力に鑑みて英語教育に責任を持てないために国際理解教育を志向しているのだが、これはある意味で 良心的な対応であるとも言えよう。英語学習型を遂行するには専門的な知識と技能を持つ教員が不可欠であり、今後大学の小学校教員養成課程で英語教育を必修 化するとか英検準一級程度を教員資格にすることが肝要だろう。日本の状況は世界での小学英語教育の状況とはかけ離れたものであるという認識も重要だ。 (EU諸国ではCEFRという英語教育標準化計画が英語力の標準的な評価基準を設定して実施されているが、教員には母語話者に準じる英語力が求められてい る。アジアにおいても、中国や韓国ではEUの評価基準に準じるような学習内容を掲げ教員には英語の専門的な知識と技量を求め、それに相応しい養成課程を設 けている。明確に生徒の英語力そのもの育成を図るカリキュラムと教育体制になっているのだ。中国では3、4年生で毎週20分4回、韓国では週45分、5, 6年生ではさらに増え、韓国は倍になる。中国の都市部では1,2年生から完全に英語学習型の英語教育が実施されており高学年では日本の高校の読み物レベル の教科書を使う。)
日本における小学英語教育について討議する場合、教員の英語力などを踏まえて、小学校におけるいわゆる「英語教育」において現実的に求め得るものが何かをしっかりと認識する必要がある。
国際理解教育としては、(定型的な英語表現を使って、キムチとかたこ焼きなどが好きだとか、食文化について表面的な発言をするなど)英語で韓国など海外校 との交流を図るという研究校での派手な行事に目が向けられがちだが、これは国際理解教育の広告塔のような位置付けの学校における取り組みで、こうしたこと がどこの学校でもできるわけではない。むしろ、多国籍の住民が都市部だけではなく地方にも増えているという国内的な現実を踏まえて、多文化・多民族共生の 視点を育成するという理念を明確に意識することが重要だろう。そのための行政的サポートも欠かせない。
ただし、国際理解教育と英語教育とは別のものであるということは認識する必要がある。小学生は低学年ほど言語獲得能力が活性化し英語力が極めて効果的に養 成できる時期でもあり、しっかりした指導のできる教員体制を整えて英語教育を行うことが枢要である。そのことが欧州諸国においてだけでなくアジア諸国にお いても認識されているために、日本に先行する形で英語学習型の授業が高度な英語力を備えた教員によって実施されている。それが世界の潮流なのだ。そうした 体制を全国的に整えて行くには、英語力を持つ教員の採用を加速していかなければならない。限られた研修期間で現役の英語教員に英語力が付くと考えるのは幻 想であり、そのことは教員自身が承知している。新卒の教員だけに期待していては、かなり年数を要するが、大量に退職する中学、高校の英語教員を嘱託として 採用することで、早期に教員体制が整えられる。文科省はそのことにも真剣に取り組んで欲しい。
英語導入により日本語力の貧困化が助長されるという意見も頻繁に表明されるが、そうした母語への悪影響が起らないことはバイリンガリズムの研究などにおけ る豊富な実例からも明らかであり、事実に基づかない危惧にすぎない。小学英語教育に強硬に反対する研究者も依然見られるが、私立を中心に毎日英語を教える 小学校も増えており幼児英語教室などもブームになりつつある現実を見据えないと、公立小学校で適切な英語教育が行われるのを遅れさせ、結果的に生徒の学習 の機会を奪うことに加担し学力格差を助長するのに一役果たすということにもなりかねない。
本シンポジウムは小学校教員など現場で困難に直面する方々だけではなく、小学英語教育の影響を受けざるを得ない中学・高校の教員、さらには子供の英語教育に関心を持つ親にも、多面的にこの問題を考える機会となることを期して企画されたものである。