更新日:2009/05/24

第九回 英語教育総合研究会

JACET

日時:7月12日(日)13:00-17:00
場所:大阪大学大学院 言語文化研究科 新棟大会議室(豊中キャンパス)

シンポジウム
「英語の授業は英語でできるのか?」
―「ゆとり教育」の蹉跌の二の舞―

コーディネータ・司会:成田一(大阪大)
「近視眼的な新学習指導要領-文科省の「国際感覚」を問う-」大谷泰照(名古屋外大)
「教育現場を破壊する高校新学習指導要領」江利川春雄(和歌山大)
「音声指導の現状と教師の資質」有本純(関西国際大)
「「英語で教える」語彙とテキスト理解の問題点」野呂忠司(愛知学院大)
「英語教育における母語の役割」成田一(大阪大)
全体討論(80分程度を予定)

参加費300円(飲料提供) 参加資格:なし、一般の方の参加自由。
問い合わせ:大阪大学大学院 成田研究室 email: narita@lang.osaka-u.ac.jp
研究会年会費無料。会員登録希望の方はお名前とご所属をメールで連絡ください。
懇親会 場所:言語文化研究科旧棟大会議室 費用:教員1000円、院生800円

講演概要ほか
講演概要

「近視眼的な新学習指導要領-文科省の「国際感覚」を問う-」 新学習指導要領には、この国の教育姿勢の驚くべき後進性が、見事なまでに映し出されている。この問題を、広く歴史的な視点と各国の教育状況を踏まえた国際的な視点から、具体的に浮き彫りにしたい。

「教育現場を破壊する高校新学習指導要領」 「授業は英語で行う」という新学習指導要領の方針は、格差教育の象徴だ。理論的にも実践的にも誤り。一律に押し付ければ、学校の疲弊は極限に達する。財界と政府は、5%の英語エリートを作る代償に、95%の英語嫌いを作り、切り捨てる気なのか。いま必要なのは、不服従、自前の教育実践、そして「学びの共同体づくり」だ。

「音声指導の現状と教師の資質」 高等学校における音声指導の現状について報告し、その問題点を幾つか取り上げ議論する。また、本シンポジウムは、新学習指導要領に示されている「高等学校では、原則として英語で英語の授業を実施する」を受けているので、その主体である英語教師の資質について、免許取得から研修に至る過程に含まれる問題点を取り上げ論じる。

「「英語で教える」語彙とテキスト理解の問題点」 全ての高等学校おいて全て英語で授業することは現実的か。高校生の英語力には大きな差がある。どのレベルでも従来より易しい教材を使うことが必要になるが、いくらレベルを下げても理解できないレベルもある。多くの高等生はBICSの能力を伸ばすことになる。アカデミックなCALPの言語能力を伸ばす必要のある学生の単語、文、テキストの理解がぼやけたものにならないか。語義・テキストの正しい理解の仕方を教えるのに、時には日本語と対照しながら、日本語を使って教えることは効率的である。

「英語教育における母語の役割」 日英語は「鏡像言語」とされるほど言語的な違いが大きい。日本語を母語とする生徒に英語の語彙・文法・英文の意味を的確に理解させるには、それぞれの言語的な特徴を対照して母語で説明するのが効果的である。英語での説明は生徒の英語力のレベルに制約されるため、学力を堅実に積み上げることは極めて困難である。

プロフィール

大谷泰照 名古屋外国語大学教授。大阪大学名誉教授。滋賀県立大学名誉教授。言語教育政策専攻。大学英語教育学会顧問。編著に『世界25か国の外国語教育』(大修館書店)、『世界の外国語教育政策』(東信堂)、著書に『日本人にとって英語とは何か-異文化理解のあり方を問う』(大修館書店)など。

江利川春雄 和歌山大学教育学部教授。博士(教育学)。専攻は英語科教育学・英語教育政策史。神戸英語教育学会会長、日本英語教育史学会副会長。近著は『日本人は英語をどう学んできたか』(研究社)、『近代日本の英語科教育史』(東信堂)など。

有本純 関西国際大学教育学部英語教育学科教授。外国語教育メディア学会(LET)理事、同関西支部運営委員、英語の発音教育研究部会長。『ことばの心理と学習』(金星堂:共著)、『ことばと認知のしくみ』(三省堂:共著)、科研報告書『英語の発音指導法の開発』(2009)

野呂忠司 愛知学院大学文学研究科・文学部グローバル英語学科教授。博士(文学)。専門は英語教育・心理言語学(語彙とリーディング研究)。中部地区英語教育学会運営委員。『英語リーディングの認知メカニズム』(くろしお:共編著)、『英語のメンタルレキシコン』(松柏社:共著)、『これからの英語学力評価のあり方-英語教師支援のために』(教育出版:共編著)。

成田一 大阪大学大学院言語文化研究科教授。日英語構造、機械翻訳、英語教育を研究。英語教育総合研究会代表。著書:『パソコン翻訳の世界』(講談社)、共著:『名詞』(研究社)、『日本語の名詞修飾表現』(くろしお出版)、『私のおすすめパソコンソフト』(岩波書店)、編著:『こうすれば使える機械翻訳』(バベルプレス)、『英語リフレッシュ講座』(大阪大学出版会)など。

シンポジウムの背景

文科省は、「中央教育審議会」の答申に沿って高校の学習指導要領の改定案を公表し、英語については「授業は英語で行なうことが基本」という方針を打ち出しましたが、これは日本の英語教育に根幹的な打撃を与える愚作だと言わざるを得ません。
日本の学校において「英語の授業は英語で行なうことが基本」というのは、①教授内容、②教師の運用力、③生徒の聴解力、そして④母語の「日本語と英語の言語差・言語処理方向の違い」といった根本的な習得上の壁など、いろいろな要因を総合的に考慮するとかなり無理があります。「文法説明は日本語でしても良い」とか「生徒の理解力に応じた英語を用いる」という学習指導要領の補足説明は現実的な対応だと言えますが、これは(アメリカにおけるスペイン語を母語とする子供への英語教育など)欧米における言語的に近似した外国語の教育においてさえ実施されている当然かつ最低限の配慮であり、日本の場合はそれだけでは到底対応できない深刻な問題があります。
今回の学習指導要領における英語科目の変更内容をみる限り、「言語力の基盤の育成」を疎かにした教育になるのではという危惧が大きいのですが、特に文法だけでなく読解力を養う時間さえ独立の科目(「リーディング」)としては設定されていないことが問題です。近隣諸国と較べても数分の一しかなかった教科書で扱う英語の文章量がさらに減少し、現在でも低迷する「読解力」がもっと低下することは避けられません。「英語Ⅰ・Ⅱ」における文法や語彙教育の扱いがさらに少なくなることによる英語運用の基盤能力の脆弱化も懸念されます。また、英検やTOEFLなどの取得レベルの状況を見る限り、英語で授業をどうにか行なえる教師がせいぜい1、2割ほどに留まるという現場の実態をしっかりと踏まえた指針を出していないのも問題ですが、さらに、生徒も「英語での授業をどれだけ理解できるのか」という面でも懸念があります。教師と生徒双方の英語力から現実的に判断して、生徒にとって「理解可能な英語の授業」というのは極めてレベルの低いものになる可能性が高く、レベルの高いものは落伍者が溢れるでしょう。将来的に「英語の情報を勉強や仕事でも読める」ような高度な能力につながる英語力の養成は極めて困難になります。
このほか、現行の「オーラル・コミュニケーションⅠ・Ⅱ」でもまともな発音教育は行なわれてこなかったのですが、新科目になっても同じになることが懸念されます。「CDを聴かせ音読させる」といったレベルのおざなりな発音教育ではなく、「発音のダイナミックな変容の仕組み」や「日英語の音韻差の対照的な理解」といった本格的な発音教育が不可欠なのですが、これが欠落しています。発音教育がおざなりになっているという現況は、大方の教師が大学や大学院でもしっかりした発音教育を受けていないし教師となって以降も研修を受けていないということが背景にあります。
今後、「英語での授業は英語で」という方針によって日本の英語教育が崩壊するのを防ぐという意味でも、この方針の問題点を英語教育に携わる教師が指摘しなければならないだろうと考えていますが、英語教育に関わる皆様にもぜひご協力いただければと存じます。